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東金と西行

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その1

大河ドラマ「平清盛」にも登場する西行法師(佐藤義清・さとうのりきよ)。この西行が、東金に来たという話しがあります。
西行が東北の地に砂金勧請の旅の途中、赤人塚や小野小町伝説をたどって東金に寄りました。その折に、自分の生まれ故郷と同じ地名の市内山田地区に立ち寄り、墨染桜と貴船神社を残したと伝えられています。
西行は、山城国紀伊郡深草にあった墨染桜の枝を杖として旅していました。その杖をこの地(山田)にさして歌を詠み、その杖が今の墨染桜になったと言われています。

「深草の野辺の桜木心あらばまたこの里に墨染めに咲け」
深草にゆかりの桜よ、私の気持ちをくんでこの里でも喪に服してくれ

その2

西行が詠んだ「深草の…」という歌ですが、これには実は元歌があります。藤原基経(836~891)の友人であった上野岑雄(かむつけのみねお)が、基経の死を悼んで詠んだ歌がそれ。

「深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染めに咲け」(古今集832)
深草の里にある貞観寺の桜よ、今年だけは彼の死を悼んで喪に服してくれないか

西行はなぜ、この歌の「本歌どり」を行ったのでしょう? 西行の出自と当時の政治的背景にその理由がありそうです。
西行は、東金生まれの平将門を討った藤原秀郷の末裔です。そして、上野岑雄が歌に詠んでその死を悼んだ藤原基経は、将門が京都にいた頃仕えていた藤原忠平の父親にあたります。
これがまず、ひとつの要素です。

その3

次に、政治的背景です。西行が上総を訪れたのは文治2年(1186)ですが、直前に鎌倉で源頼朝と面会しています。頼朝から房総の話をいろいろときかされて訪れる気になった、というのが東金市史の説明ですが…。
頼朝はこの3年前、かつて鎌倉幕府成立に尽力した上総の有力武将であった平広常を暗殺しています。実はこの広常は、将門の直系の子孫にあたります。ということは?
西行は、上総の国に跋扈する将門~広常の荒ぶる魂を鎮めるよう、頼朝に依頼されたのではないでしょうか。そして、将門の主人筋にあたる基経の死を悼む歌を本歌どりして、将門や広常の魂を鎮めるための歌を残したのです。
自分もまた、将門を討った血脈を持つ者として…。


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